時代ヲ旅スル写真館


写真館のはじまり
   Start of Portrait Studio
hajimari.jpg

明治元年(1868年)、ロシア海軍医ゼレンスキーから写真術を習得した
田本研造は函館西部地区に最初の写真館を創業し、「旧幕府軍 榎本武揚」や
「新撰組副長 土方歳三」たちの肖像写真を撮影しました。また、人物だけではなく
開拓されていく北海道の記録写真を数多く残しました。

tamo.jpg明治28年の田本写真場台紙tamo8.jpg田本写真場の台紙tamo9.jpg田本写真場の台紙

hako1.jpg田本が撮影したおよそ150年前の函館港hako2.jpg明治の函館の街並

新撰組副長 土方歳三
  The Last SAMURAI of Japan, Toshizo Hijikata
田本研造撮影「土方歳三」
箱館で散った幕末のヒーロー「土方歳三」。
あまりにも有名な彼の肖像写真も田本研造が撮影したものです。
凛々しいですねぇ。しびれますっ!

じつはこの写真にはこんな逸話が残っているんですよ。
戊辰戦争(箱館戦争)決戦前夜、敗色濃厚な五稜郭で土方歳三は
十六歳の少年隊士・市村鉄之助に遺髪とこの写真を託します。
「俺の写真を多摩の実家に届けてくれ。これは命令だっ!」
副長と共に死を覚悟して戦いたかった市村は、これを拒絶します。
しかし、土方に激しく叱責され命令に従い五稜郭を後にしました。
年若い少年をなんとか助けたい、「鬼の副長」と呼ばれた土方の
男気あるやさしい側面がうかがえるエピソードです。

写真師にはこんな悲しい撮影をしなければならない時もあります。
「写真には魂が写し込まれる」と言われていた時代、
田本研造はどんな気持ちでこのサムライの遺影を写したのでしょうか。


田本研造が撮影した幕末〜明治
hiji2.jpg松前福山城hiji3.jpg箱館奉行所hiji4.jpg榎本武揚